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zoom RSS インディアン的躾(しつけ)。

<<   作成日時 : 2006/02/08 00:16   >>

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今回は、管理人と煙草にまつわるエッセイです。
需要ないけどネタもないから背に腹は変えられません。

*あくまで個人的意見であることを明記しておきます。
  煙草の購入・喫煙は自分の意思で行ってください。
  奨めないし止(と)めません。


ありうの祖父母は、チェーンスモーカーでした。
「でした」と過去形にするのは、祖父はすでに他界し、
息災の祖母は数年前に禁煙したからです。

祖母が喫煙し始めたのは40代を過ぎた頃で、
禁煙したのは80歳を過ぎていました。
40年間愛煙していたのに、あるとき煙草を
受け付けなくなった祖母。
その経緯は何とも唐突で、理由は明快でした。
曰く「吸いたくなくなったから」。
元来、言動が極端な人なのです。

ありうは幼い頃、そんな祖父母の家で大半の時間を
過ごしていました。
それはありうの意思ではなく、両親が共働きである
家庭の事情ゆえでした。
そんなある日。
あれは多分、5歳くらいだったと記憶してるんですが、
「ソレ、美味しいの?」
と、祖母の吸う煙草を指さして尋ねたことがありました。
毎日毎日目の前でプカプカと旨そうに吸っている姿
を見ていれば、そう思うのは無理のない話でしょう。
すると祖母はおもむろに吸い差しをありうに渡して
「吸ってみな」
と言ったのです。

結果は、火を見るより明らか。
何の知識もないどころか、嚥下(飲み込むこと)すら
まだ上手くできない年齢の子どもに、何を吸わせる
んだっちゅー話です。
しかも祖父母が愛煙していた銘柄はセブンスター。
ここ何年か前、表記されていたタールの数値14mgにまで引き
下げられましたが、それまでは実質31mg超だった煙草です。

むせ返るありうから煙草を取り上げた祖母は、
「旨いと思わないんだったら吸うんじゃないよ」
と言って、何事もなかったかのようにプカプカと
吸い始めました。

あるインディアンの部族は、まだ赤ん坊の時分に
手を火にあぶらせ、「熱い=痛い=危ない」という感覚を
潜在的に植えつけさせると聞いたことがあります。
祖母がありうにした行為は、まさにこれと同じものでした。

そして現在、祖母と入れ替わるようにありうが喫煙家になりました。
あれほどのトラウマを持ちつつ煙草を吸うようになったのは、
祖母の躾が嫌煙させる目的ではなかったことに起因するの
だと思います。
まぁ、インディアンが火を畏怖する反面、神聖視する感覚に
近いと思ってください。

ちなみに、煙草を止めた祖母は口寂しくなったせいで
間食が増え、齢80を過ぎてふっくらし始めました。
もともと痩せている人だったので丁度良いくらいですが、
年老いても尚健やかに成長する体躯を見ると、40年以上も
吸ってきた重量のタールはどこに行ってしまったのだろうと
不思議に思います。
また、平均寿命よりも10歳ほど長生きして他界した祖父が
肺を病んだことは、最期までありませんでした。
親は、幼いありうの髪に鼻を寄せては「煙草臭い」と
眉をしかめたものです。
移り香が残るほど副流煙の中で育ったありうがガンに
なるなら、きっとそれはとうに昔のことだったでしょう。

厚生労働省やら医師会がこぞって煙草の有毒性を指摘する中、
卑近な例があまりに事実と異なる現実が、ありうの喫煙を後押し
しているのかもしれません。

データではなく経験から判断するインディアン的躾を心地よいと
感じてしまうあたり、ありうは間違いなくあの豪胆な祖母の血を
引き継いでいるのだと思います。
困ったもんです。


長くなりました。
恒例、今回の合点はカエルの孫はカエル
親は揃って嫌煙家なので、喫煙体質は隔世遺伝かと
思われます。ほとほと困ったもんです。

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